財布の中の小銭と語り合う

レジを打つ仕事をしている。毎日毎日、無数の現金を受け取っては返し受け取っては返しして暮らしている。

現金というのは人から人へと渡り歩いていくので、時にはひどく傷んだものもある。小さな財布に小さく折り畳んで収納され、破れかけたお札たち。なんだかよくわからない黒や緑の汚れがこびりついた小銭たち。

 

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とくにルールがあるわけではないけれど、お客様からそういった現金を受け取ったときには、他のお客様にお返ししないよう、ドロア内の空きスペースによけて置いて納金にまわすようにしている。

長財布に折目のたくさんついたお札はしまいづらいだろうし、お気に入りの素敵なお財布に苔の生えたような小銭は入れたくないだろうから。

 

だけど、考えたことがあるだろうか。わきに除けられた現金たちの気持ちを。

 

同じ価値を持つお金なのに、これからも人の手から手へと巡りながらたくさんの人の役に立つという夢を叶えたかったのに。

私がみんなより醜いから…?

 

そんなふうに悩んで枕を濡らしているかもしれない。今日レジで仲間外れにされたことがきっかけで、自信が持てなくなって、こわがってばかりの切ない人生を送ることになってしまうかもしれない。

ごめん。ごめんよ、現金たち。

 

みんなときちんと向き合ってわかり合うために、自分の財布の中の小銭たちを見つめ直すことにした。

今回、財布の中のお札たちと向き合わなかった理由は割愛します。ご了承下さいませ。

 

◆500円玉の苦悩◆

ピカピカの500円玉は財布に入っていると嬉しい気持ちになる。「あっ、500円入ってる。今日はコンビニじゃなくてスタバのコーヒー飲んじゃおっかなー」というワクワクを感じる。

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平成十六年(2004年)。16年前か。平成十六年?わりと最近じゃん、と思ったことが恐ろしい。

2000年の発行開始なのでこの子は4期生、といったところか。現行500円玉としてはなかなかの古参メンバーであるが、小銭界ではまだまだピカピカの新入り。フレッシュな輝きも眩しい。

 

ところがどうだろう。

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平成三十年(2018年)発行。たった2年の間に彼女に何があったのか。汚れが付いているだけでなく、500円玉の誇りとも言える0の中の潜像が浮き出しっぱなしである。かわいそうに…。

小学生のころ、クラスの男子に馬糞を投げつけられたことを思い出した。ああ、かわいそうに…。

 

そんな彼女たちがメインステージで活躍するのも今年いっぱいの予定。来年からはまた新メンバーが入ってきて、まだ若い彼女たちもそれぞれにひっそりと卒業していくのだろう。

 

ところで、皆さんは現行500円玉の色を何色と認識しているだろうか。

旧500円玉を知らない若い世代の子たちは、500円玉の色と聞かれると、きっぱり「金色!」と答えるらしい。

「黄色(金色)がかった銀」と答えたそこのあなた。昭和生まれですね?

 

 

◆小額硬貨、刻まれた皺と人生◆

 

10円以下の小額硬貨というのは蔑ろにされがちのようである。そうよね。10円玉1枚じゃうまい棒だって買えなくなりそうな世の中ですもの。(今はまだ買える)

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昭和55年(1980年)発行。40年間日本中を旅してきた彼女だが、細かい傷はあるものの目立った汚れもなく、平等院鳳凰堂も美しい。

 

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こちらは平成二十七年(2015年)発行のもの。発行年の文字も、平等院鳳凰堂もエッジの効いた輝きである。

ところが若くてピチピチのこの子よりも、

 

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40年選手のこの子のほうが「かわいい!」と思わないだろうか。色の具合や光りかたもあるだろうが、何よりも。

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全体的に角が取れて丸っこい柔らかい印象になっているのである。

ほら

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ほら、まるっこくてかわいいの。

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ね。今胸が、きゅん、ってなったでしょ?

 

ちなみに昭和28年から33年まで発行された『ギザ十』は、レジ金の中に毎日5〜6枚は混じっている。今回財布の中には残念ながら居なかったが、見つけた際にはぜひ優しく掌に乗せて、その角の取れた丸っこさを堪能し、さらに彼女が数えきれない人々の役に立ってきた長い年月に思いを馳せようではないか。

 

ところで、想像して欲しい。あなたに小学3年生の息子がいるとする。やんちゃ盛りで、学校から帰るやいなや外へ遊びに飛び出す毎日だ。

その息子が今日は家にいる。どうも元気がないようだ。ふと玄関を見ると息子のランドセルが。

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ちょっとどうしたのよ傷だらけじゃないの!

どうしたんだろう、ケンカでもしたんだろうか。

もしかして誰かにいじめられたのかしら。

ああ、かわいそうに。あどけない昭和四十一年(1966年)の文字もしょんぼりしている。ああ、話を聞いて頭をなでてあげたい。

 

2歳年上、5年生のお姉ちゃんのランドセルはまだきれいなことからも、この傷つき様が尋常ならざるものであることが察せられる。

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色白のお姉ちゃんは昭和三十九年(1964年)、東京オリンピックの年生まれだ。56年の歳月を感じさせないツルツルのお肌。

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ポニーテールにした九の字もツンと跳ねて、なんとも可愛らしい。

これからも人々の手を渡り、美しく成長し続けて欲しい。

 

◆真打登場、桁違いの威厳を見よ!◆

 

最後にとっておきの5円玉を見てほしい。

 

まずは前座として、財布に入っていたこちらの5円玉を。

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平成元年(1989年)発行。31歳。もういい歳ではあるが、まだまだ若々しい。

5円玉は発行年の刻印スペースが広々としており、とくにこの「平成元年」は文字数の少なさも相まってちょっと間が抜けて見えるところも愛おしい。

 

しかし、まあ待て。5円玉はいつからこんなに小さく可愛らしくまとまった装いになったというのか。

昭和三十四年(1959年)からである。

 

その前の装いはこちら。

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凛々しい楷書体。原作のゴシック体のものとは雰囲気が全然違う、この威厳。武士だ。こいつは本物の武士だよ。

昭和二十四年(1949年)。5円玉が現在の穴あきの形になったいちばん古い年のものである。

71年の間、幾人の手から手へと渡り歩いたのだろうか。日本中を巡っただろうか。誰かの旅行鞄に潜んで海外へ行ったこともあるかもしれない。悲しいことも嬉しいこともたくさんあっただろうなぁ。忘れられない思い出の人はいるだろうか。話して聞かせて欲しい。

 

こちらは財布に入っていたわけではなく、レジ打ちの最中にお客様からお預かりした中に見つけて、自分の財布の中のものと交換させてもらった。

これほどの迫力を持った、この素晴らしい宝物を「あ、5円あるわ」と言ってポイっとカルトン上に放り出したお客様。恐れ入ります、ちょっと思慮深さが足りないようでございますが。

 

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ああ、素敵…。

現在は大切に、達磨と共に我が家の本棚の上に祀られている。

 

◆100円玉が使えないと地味に不便◆

 

数日空けて2回、財布の中の小銭を見つめ直す機会を設けたが、残念ながら両日とも100円玉は不在だった。何しろ使用頻度が高く、取っておこうと思っても使ってしまう。コーヒーを買ったり、お水を買ったり、自転車を停めたり…。1000円札を出してお釣りを貰うのが面倒で、つい使ってしまった。

 

ただ今回は、真打の5円玉以外は特に思い入れなく偶然その時に財布に入っていた小銭と語り合うための時間だったので、100円玉の不在もまた運命だろう。

100円玉は発行年がアラビア数字で刻印されている。

たくさん集めて、数字を見比べる会を開くのも楽しいかもしれない。

その際には、たくさんの100円玉の皆様にお集まりいただくため、近所の100円自販機で2千円くらいは崩したいと思う。